ストレンジリンク






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夜の向こうに、二人の人影が立っているのが見える。

薄い闇を通してもわかるそのふたつの姿―――ユーリとエステルは、空を覆う星喰みを見上げながら、何かを話しているようだった。もう宿に戻るというジュディスと別れた後、だいぶ街らしくなってきた集落内を散歩していたリタは、少し遠い場所に座る二人の姿を見つけた。夜とはいえ星の光はかすかに地上を照らしていたし、ユーリはともかくエステルの服装は夜でも目立つ。すぐに、誰だかわかった。そして、近づくことも遠ざかることもできずに、そのまま打ち眺めていたのだ。
……旅の中で、自分があの青年にどういった感情を向けているのかは自覚している。けれども彼の青年の隣には、いつもエステルがいた。自分にとって初めての友人である彼女が。だから、嫉妬などという昏い熱の通った感情は起こらない。以前は感じていた胸の痛みも、もうない。ただ、諦めににた思いが胸をよぎるだけだ。自分の中に初めて芽生えた感情を理解すると同じくして、誰よりも大切と内心定めてきた少女も彼を慕っていることに気付いてしまった。そして彼もまた、エステルを想っていることも。そのことに気付いてから、わずかな綻びはあっても、気取らせないように細心の注意を払ってきた。自分の思いは、あの二人は知らぬまま記憶の底へと埋められるだろう。それでいい。
いい加減戻ろう、と、宿へと向かって踵を返して。思わぬ人影を見止めてリタは目を見張った。

「こんばんは、リタ・モルディオ」
「―――フレン?」

いつからそこにいたのか、金色の髪をした騎士の青年の姿が其処にあった。いつもとは違い、剣こそ携えているものの甲冑の無い軽装で、手には書類らしき紙の束を抱えていた。時期皇帝とほぼ定まったヨーデルと、今の時間もまだ何かを話し合っているのかもしれない。手にした書類がめくられた跡がないところを見ると、これからまた始めるのだろう。
フレンはリタの姿を見ても特に驚く様子もなかった。こいつ、見てたんじゃないでしょうね。ちらりと脳裏をそんな考えが掠めた時、青年はいつもほとんど変わることのないまじめな顔をして口を開いた。

「そろそろ休まないと、明日に触るんじゃないのか」
「それはあんたも同じでしょ」

フレンが手にした書類を一瞥して、不機嫌という色が浮かんでいるだろう目を向ける。はっきりとした言葉は無くともその視線の意図がわかったのか、フレンはわずかに苦笑する。

「このくらい、なんてことはないさ」
「ほんと、平気な顔して無茶するところはあいつに似てるわ」
「僕と、ユーリか?」
「そう。話聞いてるとそっくりよ、あんたたち」

呆れた響きを込めてそう言うと、フレンは短い笑い声をあげて、そうか、と何処か嬉しそうに相槌を打った。けれど、すぐに目を伏せた。でも、と。ぽつりと落とすように呟いた表情はどこか痛ましく見えた。

「僕では、エステリーゼ様を外の世界に連れ出して差し上げることはできなかっただろう……」

どこか、手の届かない場所を見ているかのように細められた空色の瞳。静かな、隠し切れない寂しさのにじむ声が夜に散っていく。その響きにリタは、見たこともない青年のこの表情の意味に気付いた。

「……フレン。あんた、エステルのこと」

皆まで言えず、口を噤む。―――親友と、大切な少女。二人が想い合うことは本当なら、むしろ喜ばしいことだろう。けれど、それもその少女を慕う気持ちがなければ、の話だ。想いの板ばさみは、相手に対する慕情が強いほど、心を疲弊させるものだから。……自分が、そうだったように。
フレンの返事を待たないまま、複雑ね、と独り言に近い言葉を零す。尤も、フレンが憂えた表情をしていたのはほんの数秒のことで、すぐに普段の凛とした眼差しに戻る。そして、リタの目をもう一度見た。何かを見透かすようなその真っ直ぐな視線に、リタはわずかに怯む。

「それに関しては君も同じだろう。リタ・モルディオ」
「な、何のことよ」
「僕と君は、よく似た感情を持っている。間違っているか?」

図星を突かれて、一瞬絶句する。何で、と疑問符ばかりが脳裏を占拠した。やっぱり、先程二人の姿を眺めていたところを見られていたのか。きっとフレンも、同じようにユーリたちを見て、そしてそれを見ていた自分の姿も見たのだ。だとしたら同じように見ていた自分の抱く感情を察することもできるだろう。確証はないけれど、そう考えれば腑に落ちる。それでも、話もまともにしたことの無い目の前の青年に見破られたことが悔しくて、眉をひそめた。

「……。ヘンなとこで鋭いのも似てるわ、あんたたち」
「心外だな。僕はユーリよりは女心はわかるつもりなんだが」
「何をぬけぬけと。本当に女心がわかる奴が面と向かってこんな事言うわけないじゃない」
「違いないね」

棘のある声で嫌味を言ってみても、一向に応えた様子も無く楽しそうにフレンは笑う。その様子に、自分だけ焦れた気分でいるのが馬鹿馬鹿しくなり、一つ溜息をついて肩をすくめた。

「ま、この話は終わり。話しても、不毛なだけだし」
「そうだね、やめよう」

溜息混じりに言い、わずかに苦笑いをしたフレンから、視線を空へと映す。天を、その名の通り食い荒らそうとばかりに広がる不気味な影。明日、あの化け物に挑む。さっきまではそのことで頭が一杯だったが、ジュディスと話しているうちに未来のことを考える余裕ができた。ジュディスと語り合った未来の計画を脳裏で繰り返して―――ふと、思い出す。エステルは以前、城から出たことが無かったという事を。そして、本人は気付いていなくても、その事実が半ば軟禁されていたに等しかった側面も。だとしたら、旅が終わった後はどうなるのだろう。ユーリが行方不明だった時も出歩いているようだったし、再び同じ状態になるとは思えない、が。

「……エステルは、自由になれるの」

空を見上げていたフレンが、驚いた表情で顔を向けてくる。けれどすぐに言葉の意味を呑み込んだようで、力強く頷いた。

「大丈夫だ。―――皇帝継承問題は解決した。皇族としての執務はあるだろうけれど、エステリーゼ様が望むのならば城の外に出ることはできると思う」
「そう、それなら良かった」

懸念が解消されて、ほっと安堵の息をつく。わずかに緩んだ表情を見たのか、フレンが目元を和らげて微笑んだ。

「君はエステリーゼ様を大切に思っているんだな」
「なっ、……あ、あんた何を」
「ありがとう」

含みも裏も無い真っ直ぐな言葉に、頬が熱くなるのを感じた。赤くなった顔を見られたくなくて、リタは勢いよくフレンから視線を逸らす。

「……あんたに礼を言われる筋合いはないわよ」

消え入りそうな声でぶっきらぼうに呟くと、視界の外で可笑しそうに笑う声と気配がした。この青年をレイヴンのように殴ってやろうか、と不穏な考えが浮かぶ。だが、仲間の知り合いとはいえ、相手は騎士だ。流石にそれはまずいと気持ちを鎮めていたら、慣れていない響きが再び耳に届いた。

「―――リタ・モルディオ」
「いちいちフルネームで呼ぶんじゃ面倒でしょ。リタでいいわよ」
「それでは、リタ。星喰みを倒したら、君はどうするつもりなんだ?」

おそらくタルカロン浮上の際に崩落した街のことを言っているのだろう、と見当をつける。改めて、あの浮遊する都市の事を忌々しく思う。今迄研究した資料も、揃えた書物や器具も全て土の下に埋もれてしまった。勿論発掘する気ではあるが、どれだけ無事だろうか。あれだけの量をまた揃えるのには、どれだけ苦労するだろう。星喰みよりもずっと、そちらの方が頭が痛いように思えた。
深い溜息を再びついて、フレンに向き直る。

「ハルルにでも行くと思う。あそこの樹に興味あるし。アスピオの埋もれた資料、掘り出したいし」
「そうか。発掘作業には騎士団からも人員を派遣しよう」

昔のままの騎士団だったら信用できないだろうが、現団長であるこの青年がこう言うからにはちゃんと人員は送られてくるに違いない。其処まで考えて、リタは、自分の中にフレンに対する揺ぎない信頼があることに気付いて戸惑った。これは、ユーリやエステルから聞いていた話の影響だろうか。それとも、似たような思いを抱いていることを知ったことによる、奇妙なこの親近感のせいだろうか。

「そうね。そうしてくれると助かるわ」

会話が終わり、しばらくの沈黙が降りる。先に動いたのはフレンの方だった。わずかに乱れていた書類を整えて、それじゃ、と一言残して騎士の駐屯地に向かおうとする。背筋を伸ばしたその姿を、リタは無言のままで見送る。―――が、数歩進んだところで、フレンは前触れも無く振り向いた。

「リタ。僕もハルルはよく訪れる」

言葉の意図がわからず、ただフレンの瞳を見返す。前とはどこか違うように見える光を双眸にに浮かべて、フレンは穏やかな声でに言葉を継いだ。


「――――だから、その時はまた会おう」


……言葉をそのまま受け止めて、そしてすぐにその声に様々なモノが込められている事に気付いて。リタは声を失った。数秒後に我に返って、真意を問いただそうとした時にはすでに遅く。フレンの姿は薄闇の向こうに紛れかけていた。答えを失った疑問を、混乱した頭でリタは考え続ける。今の言葉はただのあいさつ、社交辞令か。もしくはフレンも、自分と同じように不可思議な近しさを覚えたためか。……それとも。




なんだって言うのよ。呟いた独り言は誰にも届かず、夜に消えた。





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灯場様から相互記念にフレリタ小説をいただきました…!
1人でフレリタフレリタ叫んでたら書いてくれました、うおお嬉しいです、そして灯場様のフレリタ素敵すぎる…!
色々と深い文で、いろんな考え方ができて楽しいです。
お互い別の人に片思い状態で、そんな同じ状況からお互いが惹かれあってる描写が凄く綺麗で、とっても読みやすかったです。
ちなみにレイリタ小説をお返しに書いたのですが天と地の差のものなのでお恥ずかしいorz

灯場様、素敵な小説をありがとうございました…!
灯場様へのサイトはPCの方のbkmから飛べます。
この小説は私のものなので(自慢)絶対にお持ち帰りはだめですよ…!









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