あれから5年後





さて、どうしようか。
ずいぶん前から上着の胸ポケットに入っている小さな箱。
買ってから数日が経った今でもなかなか取り出せずにいる小さな箱。
中身は俺の小指にも入りきりそうにない小さなリングで、つい最近までとある店の表に飾っていたものだ。
それを彼女が見つけたのも数日前。
久々に彼女の所へと顔を出してみれば、研究材料の買出しに行くから、なんて言って荷物持ちをさせられるはめに。
その時に通りかかった店に飾られていたこのリング。
まるで子供がおもちゃを欲しがるかのように彼女の目線はリングへと向いていて、俺はあえて欲しいのか、とは聞かなかった。
そこで買ってしまっては、このリングはただのプレゼントになる。
俺が彼女に渡す最初のリングは、彼女と結ばれる瞬間に渡したかった。

…あの長い旅が終わって、もう5年になる。
俺達がこの関係に辿り付いてからももう5年だ。
長い年月をかけて、俺の隣にいるのは彼女になって、そしてまた彼女の隣を占領できるのも俺だけになった。
彼女にとってはまだ早いことかもしれない。
彼女がまだ待ってほしいと言うのなら、俺は待つつもりだし、もしこれから人生を共にする相手が俺であるのが嫌なのなら、諦めるつもりだ。
けれど嫌だという言葉を聞くのが怖くて、まだ渡せていない状態だったりもする。
焦っているわけではない、けれど俺にはもうこれ以上に望むものが無かった。

「リタ」

軽い口調になってしまわないように気を付けて声をかける。
部屋の窓際に座って外を眺めていたリタがこちらに振り向く。
開いている窓から心地いいほどの風が入って、その風が彼女の伸びた髪を揺らして、今更ながらとても綺麗だと思った。
返事はせず、首を傾げて言葉の続きを待っているリタは、俺と目を合わせた瞬間に曇った顔をした。

「何にやけてんのよ」
「あ、いや、その、ね。」
「…何よ」

腕の後ろで小箱を隠し持っている手が震える。
何て返事をされるだろう。
自分にはムードなんてもの全く考えられなくて、正装でもない普段のままの姿で、しかも彼女はいつもの態度じゃない俺をおかしく思っているかもしれない。
頭の端の方では拒否されていることに脅えていて、口を開くとまた閉じてしまう、の繰り返しだ。

「レイヴン?」

俺がさっきちゃんとした名前を呼んだからか、彼女もおっさん、とは呼ばなかった。
ちゃんと真剣な話をしようとしているということに気付いてくれているのか、いつものように何度も聞き返すようなこともしない。
落ち着け落ち着け、と深呼吸をしてから、口より先に後ろに隠していた小箱を先に差し出した。
彼女はえ?、と、声には出さなかったがそんな表情をして素直に小箱を受け取った。
手の上に乗せてしばらくそれを眺めた後、俺の方を向いたから、開けていいよ、と一度だけ頷いた。
そして小箱を開けて中身を確認してからもう一度俺の顔を見た。

「俺とこの先ずっと一緒にいませんか」

我ながらくさい台詞だと思う。
彼女は驚いて目を見開いていて、それにつられて俺も多分、目を見開いて真っ赤な顔をしてるだろう。
我慢できなくなって口元を押さえてから目線を逸らす。
照れている場合ではない、と顔を何回か左右に振って、もう一度リタを見返した。
そして驚いた。
彼女は小箱をこちらに突きつけて、怒った顔をして俺を睨み付けていた。

「やだ」

その一言に固まってしまった。
それがどういう意味か聞き返す必要も無いようだ。
小箱を突き返されている、それを受け取って彼女はまた窓の外の方に視線を戻した。
俺はその場に突っ立ったまま動くことができない。
窓から勢いよく風が吹く。
するとその風と一緒に彼女の小さな声が流れてきた。

「…そんな言い方じゃやだ」
「リタ」

小箱からリングを取り出す。
後ろから彼女を強く抱き締めて、それから俺の腕へと添えられた左手の薬指にリングをはめた。
そのまま自分の指と絡めて握り締めて、また彼女を全部抱き締める。

「結婚しよ」
「…はい」

返事をした彼女の声は震えていて、再び強く吹いた風がたくさんの水滴を飛ばした。




ファミリーネームは無いけれど
(ずっと一緒にいよう、)








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