逃げないで、





「リタ」

そう呼んだのは俺ではなく、リタの横にいるユーリだった。
何を話しているのかは聞こえないが、彼女はユーリの横でめずらしくにこにこと笑顔を見せていて、その姿を見ているのが何だか複雑な気持ちだった。
表情を変えていく彼女が時折見せる笑顔。
俺の前ではほとんどそんな表情を見せたことなんてなくて、それはまだ会ってから間もないからなのか、それとも俺に対して何か良くない感情を抱いているからなのか。
…それとも、逆にユーリに対して何かを抱いているからなのか、俺にはわからなかった。
話終えたのか、リタがこちらに向かって歩いてくる。
俺に向かってきているのではなくて、多分宿屋に戻ろうと思っているのだろう。
すれ違う瞬間に一瞬だけ目が合ったのに、彼女はすぐに視線を前に戻した。
逸らした、とも言えるその行動が少しだけ胸に刺さった。

「最近ユーリと仲良いのね」

通り過ぎる直前にそう呟くと、リタの足はぴたりと止まった。
振り向いてこちらを見たかと思うと、眉間に少ししわを寄せていて、怒ったような、悲しんでいるような、その表情から感情を予想することはできなかった。

「…何が言いたいのよ」
「いや、若い男女が仲良いのは青春だな〜と思ってね」
「ユーリはそんなんじゃないわよ」
「どうだか」

彼女に対して怒っているわけではないのに、言葉をキツく向けてしまう。
俺が言葉を発する度に彼女の表情はくるくると変わっていく。
けれどそれはユーリの時のようなものでは無かった。

「違う、わよ」

ぽそりとそう呟いて、リタは俯いた。
予想外の反応だった。
いつものように鉄拳か魔術でも飛んできて照れる彼女を想像していたのに、今の目の前にいるリタはまるで何かを悲しんでいるかのようで。
震えていたその声にどう反応していいかわからなくなって、彼女の頭になでるように手を滑らせて、少しなでると、彼女はすぐに俺の手を振り払ってしまった。

「何なの、ユーリとあたしが仲良くしててそんなに嬉しいの?それを眺めて楽しんでるっての?おっさんは何がしたいの、よ。あたしは、」

おっさんに振り回されるのだけは嫌なの。
俯いていた頭が上がり、最後に目が合ったと思ったらすぐにその目は俺の横を過ぎて行ってしまった。
どこか悲しげなその目と、少し潤んでいたその目が、また胸に深く突き刺さったような気がする。

「俺は、やっぱり嫌われてんのかね」

頭をなでた右手にはまだ少し温もりと感触が残っている。
それを手に入れられないどころか逃げて行ってしまうのが気に入らなくて、右手を強く握り締めた。




通り過ぎる風
(俺には掴むことはできない)









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